Supple-Bamboo トモコ

リカバリーヒーリング

【仏教の考え方と霊氣療法】その8~霊氣療法のあらまし~

【仏教の考え方と霊氣療法】

その8~霊氣療法のあらまし~

 

今日は、私が行っている霊氣療法について具体的にお伝えしようと思います。

霊氣療法はご存知でしょうか?

日本発祥で、海外で人気が出て逆輸入的に日本でも人気が出たものです。イギリスやカナダでは、保険適応されるものです。


霊氣は気功の一種です。

氣を使ったエネルギー療法です。


氣って何?怪しい?胡散臭い?


氣は目には見えないけれどあるものです。

空気も心もあるけど見えません。

見えないけどあるもの。

皆さんも感じていると思います。


例えば、

「元気ないね」「気疲れした〜」「気合の入った試合だった」「人気がある」「雰囲気がいい」「空気を読む」

こういう言葉使っていませんか?

ということは、感じているということですよね。


だから、見えないけれどもあるのです。

そして、氣は宇宙にも地球にも存在していて、あなたの体にも巡っているのです。


人の体は、水分(リンパ液等)・血液・氣が滞ると体調を崩します。

水の巡りが悪ければ、尿の出が悪くなったりむくみます。血の巡りが悪ければ、血行が悪くなります。

では氣の巡りが悪いと?

邪気になるのです。

別にこれは変なものが取り憑くとかではないですよ。

滞ると良くないもの、澱のようなものが溜まる。それが邪気です。


空気の悪い部屋の窓を開けて、風を通すと空気が綺麗になって気持ちいいですよね。

それと同じです。

霊氣療法では、氣の流れを良くすることができるのです。


私は楽ゆる整体の永井峻先生から、霊氣療法を伝授していただきました。

楽ゆる式天地霊氣では、宇宙と地球の氣を利用して、氣を整えます。

手のひらの真ん中から、氣が出ます。

その氣を体のツボや、チャクラ(体に存在する神経の束)に当てて、氣の滞りを解消していきます。


実はあなたも手から氣が出ています。

お腹が痛い時に、手でさすると楽になりませんか?

それが氣の効果です。


霊氣は使えば使うほどに強くなっていくそうです。私は毎日、セルフ霊氣療法をします。

おかげさまで、大きく体調を崩すことはなくなりました。胃薬や鼻炎薬、抗生物質が手放せなかった数年前とは大違いです。


そんな霊氣を、ぜひ皆さんにも実感していただきたく、近日中に体験会を行おうと計画しております。

場所は都内になります。

遠隔でも体験してみたいという方は、ご相談させていただきますね。

遠隔は直接に比べると効果は弱まりますが、体感いただけると思います。前回の遠隔霊氣のモニターさんの75%の方が変化を感じたとおっしゃっています。


この機会にぜひ、霊氣療法を体感してみてください。お会いできる日を、楽しみにしております。


霊氣療法は、宇宙や地球の氣をみんなでシェアするものです。


私の中で、宇宙や地球の氣に心身を委ねることと、『南無阿弥陀仏』には通ずるものを感じております。


南無阿弥陀仏とは

阿弥陀様におまかせします”

という意味です。


たまには気持ちや体を委ねて、力を抜いて氣を感じてみてください。


本日もお読みくださいまして、ありがとうございました。皆さんの人生がしなやかで、豊かでありますように。心よりお祈り申し上げます。

 

(全く宗教とは関係ありません。

 私の仏教に対する考え方を

 お伝えしています。)

【仏教の考え方と霊氣療法】その7~マイノリティと親鸞聖人~

【仏教の考え方と霊氣療法】⑦

~マイノリティと親鸞聖人~


マイノリティとは、少数派という意味ですが、社会はどうしても多数派を中心に構成されてしまいます。


最近では、少数派を否定せずに共存しようという風潮になりつつありますね。


今日は、親鸞聖人とマイノリティについてお話ししたいと思います。


私自身がマイノリティを意識し始めたのは、一つ年上の兄の存在が大きいです。

兄は重度の自閉症です。

私が物心ついた頃には、兄の自閉症を当たり前のこととして生活していました。


しかし、外に出ると好奇の目で見られることが多いことに気付いたのです。

昭和50年代。世の中は今ほど優しくはなかったです。


兄の自閉症は、こだわりが強く、着る服や通る道、行動する時間など、パターンから外れるとパニックになます。

パニックになると、奇声をあげて、自分の頭を叩いたり、服を破ったりしてしまいます。

初めて見る人はびっくりしてしまいます。


それでも母は、外出を厭いませんでした。

障害が認知されるためには、社会に出ていくことが必要だと、母は常々言っています。


このマイノリティ体験は、私のベースや核となっていると思います。


親鸞聖人、ひいては法然上人(親鸞聖人の師匠)の教えは、マイノリティもマジョリティ(多数派)も関係なく救われるというもの。

今こそ求められる、同じ命を生きる者同士を、思い合う優しさではないかと思います。


法然上人の逸話に、遊女が法然上人に

「遊女という仕事をしていては、地獄に落ちるほかないのでしょうか?」と訊きました。

法然上人は

阿弥陀さまは、念仏をとなえる者は必ず救ってくださる。念仏をとなえなさい」

とおっしゃったのです。


何百年も前に、この救いの言葉。

さぞかし心強かったことでしょう。


法然上人は浄土宗の開祖として、念仏をとなえることで救われると教えた方です。


親鸞聖人はさらに踏み込み、

「念仏をとなえることすら自力ではないか⁉︎」

と考えられるようになりました。

阿弥陀如来は、こちらからはたらきかけずとも、常に私を救うとおっしゃっている。

ただそれだけなのです。


そこには、マイノリティとマジョリティもないのです。


衆生を救う。

そう願われた阿弥陀如来のお力が、ただただあるだけ。


信じるか信じないかに関わらず、そのように定まっていると、親鸞聖人は教えてくださったのです。


人間は自分の立場によって、見方が変わる生き物だと思います。しかし、世の中は諸行無常。いつ立場が変わるか分からないものです。


◯◯すべき、◯◯せねばならない、絶対に◯◯。

こう言った捉え方は、他者だけなく自分も苦しめることになります。


心はふんわりと、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

穏やかでありたいですね。

本日もお読みくださりありがとうございました。


皆さんの人生がしなやかで、豊かでありますように。

心よりお祈り申し上げます。

 

(全く宗教とは関係ありません。

 私の仏教に対する考え方を

 お伝えしています。)

【仏教の考え方と霊氣療法】その6~仏教の最も大切な教え~

【仏教の考え方と霊氣療法】⑥

~仏教の最も大切な教え~

本日は、仏教の出発点。

仏教の大切な考えをお伝えします。

 

仏教とは、言わずと知れたお釈迦様が悟りを開いて、教えを広めた宗教です。

 

お釈迦様の出生や、生い立ちはとっても興味深いので、また取り上げさせていただきますが、本日は仏教の大切な考え方。三法印についてのお話です。

 

三法印とは、諸行無常諸法無我涅槃寂静の三つです。

 

〈1〉諸行無常

日本では平家物語の冒頭にも出てくるので、ご存知の方が多いと思います。

どんなものも変化し、いずれ無くなってしまう。不変のものはないという考え方です。

 

〈2〉諸法無我

全ては因縁(直接的・間接的な関係)から生まれる。

自分というものが独立して存在することはない。

『私が・私の物が』というのは執着であって、意味がないことだという考え方です。

 

〈3〉涅槃寂静

すべての苦しみは煩悩や・執着によって起こる。解脱(煩悩を捨て執着のない悟りを開いた状態)の先にある静寂の世界。

とはいえ、凡人には無理なお話ですね。

 

この三つに、

〈4〉一切皆苦

人生は全て苦である。

生老病死が四苦。

生きること、老いること、病気になること、死ぬこと。の四つ。

それに、

別れ・怨み憎しみ・求めても手に入らないこと・思い通りにならない肉体。

この四つを加えて八苦です。

 

お釈迦様はこの考え方を発見し、弟子たちに説いたのです。

 

言葉は難しいですが、私達が人生において悩むのは、このうちのどれかではないでしょうか?

 

仏教を信じるか信じないかは別として、人生で悩んだ時にこのことを知っておくと、俯瞰で客観的に自分や自分の悩みを見ることができます。

 

例えば、ダイエットしてスタイル良くなりたい!

しかし、その身体はあなただけのオリジナルなのです。

体重の増減はできても、誰かのようなスタイルにはなれません。

若い頃は、私も体型コンプレックで、摂食障害で通院した経験があります。

 

このような煩悩や執着は消えることはありません。

それを親鸞聖人は“悪”と表現されています。

すなわち、人間はみんな悪なんです。

 

社会的な悪という意味ではありません。

私もあなたも、煩悩や執着を捨てられない悪人なのです。

それでも、阿弥陀如来は、善人悪人の区別なく救ってくださるのです。

 

そこに必要なのは、謙虚さです。

 

救ってくれるなら、好き勝手悪いこともやろう、というのは浅はかですよね。遅かれ早かれ自滅します。

 

霊氣療法では、クヨクヨやイライラは邪気になり、身体に滞りを作り、氣の流れが悪くなると考えます。

感情と身体の凝りをほぐすことで、心身共に巡りが良くなり、体調が回復します。

そこには、宇宙の量り知れない力が働くのです。

 

私達は、凡人ですから、大きなお力に頼らなければ生きていけないのです。

 

本日も、お読みくださってありがとうございました。

 

皆さんの人生がしなやかで、豊かでありますように。

心よりお祈り申し上げます。

 

(全く宗教とは関係ありません。

 私の仏教に対する考え方を

 お伝えしています。)

【仏教の考え方と霊氣療法】その5~好きなことをとことん語りたい!~

【仏教の考え方と霊氣療法】⑤

その5~好きなことをとことん語りたい!~

 

今回は、そもそもなぜ私がこういう配信を始めたのかについてお話します。

仏教的なことではなく、直感的にこれだと思った、というお話です。

 

霊氣療法の伝授を受けたのは、2019年です。

ここから、人のお役に立てることをして生きたい!

と、思い立ったはいいものの、何をしよう?

 

モヤモヤしているときに受けたのが、

三凛さとしさんのオンラインスクールで開催された、ディマティーニ・バリューファクターメソッドです。

 

このメソッドは、自分の人生の優先順位を確認してくものです。

その中で、出てきたのが、

①霊氣療法

②仏教

③人の役に立てる

この三つです。

 

実は、仏教に触れることには躊躇がありました。あまりにも話が大きく、価値観もそれぞれ違う。批判を受けること必須だと思っていたからです。

 

そんな時に出会ったのが、

電気グルーヴYouTubeでやっていた、

『俺っちの音故郷』

という番組です。

 

こちらは、電気グルーヴのお二人が、自分たちの音楽のルーツについて語り合うというものです。

 

なんで突然?

って感じですが。

私はピエール瀧さんが好きなんです。

声が好き、キャラが好き。

具合悪い時に瀧さんの声を聴いていると、

リラックスできるんです。

 

この番組は音楽のルーツと言いつつ、

脱線する思い出話も面白い。

 

これを見た時に、

「私も46歳だし、これだけはいくらでも語れる!ってことないかなぁ」

と考えました。

 

あ!仏教だ!

 

と気付いたのです。

 

祖父が熱心な信仰者だったこともありましたが、なぜか19歳前後の私は親鸞聖人にのめり込んでいき、専門学校の卒業制作で、

親鸞聖人の一生』を映像制作したのです。

 

仏教についてもたくさん調べて、

京都の親鸞聖人ゆかりの地を撮影して歩き、

西本願寺の教学研究所に取材もさせていただきました。

今思えば、若いって怖いもの知らずですね。

西本願寺の広報の方も、教学研究所の方々も、

青二才の話を丁寧に聞いてくださって、

本当に素敵な作品ができました。

 

それから十数年が経ち、結婚した私は、

時間ができたので、通信教育で得度の勉強を始めたのです。

がしかし、途中で妊娠。

試験を受けられなくなり、そのままフェードアウトしてしまいました。

 

何かやりたくて、心理カウンセラーの資格を取ったり、タロットカード勉強したり、血迷いまくりました。

いったい何がしたいんだ⁉

 

で、この年になって、

語るネタが尽きない!飽きない!もう批判されても怖くない!

それが私にとっては仏教だと気付いた、というお話でした。

そして、霊氣療法の宇宙エネルギーも、私の中では繋がっていくと思えたのです。

 

皆さんにもきっとあるはずです。

大好きなこと。大切にしていきましょう。

 

本日もお読みくださいまして、ありがとうございました。

皆さんの人生がしなやかで豊かでありますように、心よりお祈り申し上げます。

 

【仏教の考え方と霊氣療法】その4~阿弥陀如来と宇宙観~

【仏教の考え方と霊氣療法】

その4~阿弥陀如来と宇宙観~

 

前回は親鸞聖人と阿弥陀如来について、

お話しました。

 

今回は、阿弥陀如来の願いについて。

 

では、阿弥陀如来ってどこにいらっしゃるの?

 

仏教では、世界は過去・現在・未来・上下東西南北など、三世十方諸仏とい言われる、それぞれの世界に仏様がいるという考え方があります。

阿弥陀如来誓願とは、

“十方の諸仏、すなわち全宇宙が私の名前を称えるようにならなかったら、私は阿弥陀如来にならない。”

すでに阿弥陀如来になられているということは、全宇宙が救われるということ。

 

前回、衆生とは“生きとし生けるもの”とお話ししましたが、それが全宇宙ということなんです。

 

この解釈を教えて下さったのが、親鸞聖人なのです。

 

十方世界の諸仏も憧れる先生、それが阿弥陀如来。他の仏さまにとって師匠なのです。

 

そもそも、この世の中というのは不可思議なもの。

計り知れないものですよね。

地球の深海や、宇宙の果てなど、誰も知らない。

いつどうなるかわからないこの世界。

 

だけど、私達はその中で生きている。

果たしてそれは、自分の力だけで生き抜いているのでしょうか?

 

私達はどうやら生かされているらしいのです。

 

私達の方から、働き掛けなくても、

阿弥陀様の方からアプローチしてくださっている。

親鸞聖人は教えてくださったのです。

 

これが本当の他力に気付くということです。

 

他力本願ということは、人任せにするようなイメージを持たれるかもしれませんが、親鸞聖人の言われた絶対他力は、

“自分の小ささを知り、自分ではどうしようもできないことをサポートしてくださる力に感謝すること”

を説かれているのです。

 

それは言葉が違えば、神様かもしれない。

大自然かもしれない。

 

捉え方は数あれど、宇宙の神秘に仏様を見ることもできるということだと思います。

 

人間には計り知れない私たちの生きている地球、銀河、宇宙。

 

親鸞聖人は阿弥陀如来誓願に、

全宇宙を照らす光を見た。

宇宙は必ず衆生を救う。

 

私達は私達の力だけでは生きていない、

宇宙のエネルギーが私達を助けてくれている。

 

こちらから働き掛けなくともです。

 

次回は、ちょっとブレイクタイム。

 

そもそも、なんで私がこんな配信をしようと思ったのか。

お伝えしたいとも思います。

 

本日も、お読みくださってありがとうございました。

 

皆さんの人生がしなやかで、豊かでありますように。

心よりお祈り申し上げます。

 

(全く宗教とは関係ありません。

 私の仏教に対する考え方を

 お伝えしています。)

【仏教の考え方と霊氣療法】その3

【仏教の考え方と霊氣療法】③

親鸞聖人と阿弥陀如来

 

こんにちは。Supple Bambooのトモコです。💕

今日もしなやかに豊かにをモットーに、

お話しお届けします🍃

本日は、私のヒーロー“親鸞聖人”と阿弥陀如来についてです。

 

親鸞聖人は、浄土真宗の開祖です。

ちなみに親鸞聖人の師匠は、浄土宗の開祖の法然上人です。

 

ここの師弟関係のお話も素敵なので、

またの機会にお伝えします。

 

さて、親鸞聖人は幼いころに出家して、

比叡山延暦寺で修行されていました。

苦行です。

でも、苦行を重ねても消えない煩悩(欲望や執着心)。

なんなんだぁ、これは⁉

 

そこで、出会われたのが、法然上人。

師匠に出会うんですね。

(ずいぶん端折ってます)

 

法然上人が説かれていたのは、

『誰にも平等に開かれている教え、

 念仏(南無阿弥陀仏)を称えることで救われる』

 

当時、仏教は身分の高い人のもの、

学術としての仏教がメインでした。

 

その時代に、

『生きとし生けるものが救われる』

という教えは、もちろん批判の対象になり、

法然上人も親鸞聖人も流罪となりました。

 

それでも、平等に人が救われるということが大切だと、

お二人は状況が変わっても、広め続けたれたんです。

 

かっこいい。

これって、すごいことですよね?

マイノリティ?

全部救うって、阿弥陀如来様は仰ってるから!!

だって、生きとし生けるものよ!!

 

この後、親鸞聖人は、

阿弥陀如来のメッセージを

人生をかけて、広め続けるんです。

 

いかがでしたでしょうか?

 

何百年も前に、こんな格好いいこと言ってたら、

惚れてまうやろー!

 

これが、『親鸞聖人が阿弥陀如来法然上人に出会う』

というドラマでした。

 

あ、映画とか本とかいっぱいあるので、

興味ある方はそちらで詳しく!

 

次回は、阿弥陀如来の宇宙観について、

お伝えします。

お楽しみに!

 

やっぱり、親鸞聖人、法然上人ってかっこいい\(^o^)/

 

 

【仏教の考え方と霊氣療法】その2

【仏教の考え方と霊氣療法】②

 〜阿弥陀如来の願い〜

 

こんにちは。Supple Bambooのトモコです。💕

今日もしなやかに豊かにをモットーに、

お話しお届けします🍃

 

本日は、阿弥陀如来のストーリーです。

 

阿弥陀如来は、法蔵菩薩(菩薩とは仏になろうと修行中の身)

として修行をされた後に、

悟りを得られて、

阿弥陀如来(如来とは仏のこと)となられた。

 

その修行で、

みんなを救うために願いをかけられたのです。

その願いが、

南無阿弥陀仏を称える者は、

 必ず極楽浄土に生まれさせる、

 成仏させる。

 もしその願いが叶わないのなら、

 私は仏にはならない』

というものです。

 

ということは、

阿弥陀様は如来(仏)になられたので、

絶対みんな救われるということです。

 

細かくいうと、南無阿弥陀仏を称えるとか、

極楽浄土に生まれるとか、

成仏とかあるのですが、

そこは今後もう少しかみ砕いてお話します。

 

目的は【衆生を救う】ということ。

衆生とは、生きとし生けるものの意味です。

 

ゆえに、みんな救われるのです。

 

雑過ぎる!かもしれません。

 

でも、きっかけはゆるゆるでいいんです。

 

では次回は、阿弥陀如来の願いと

親鸞聖人(私のスーパーヒーロー💚)

と何の関係が?

 

について、お届けします。

 

(全く宗教とは関係ありません。

 私の仏教に対する考え方を

 お伝えしています。)